薬の嚥下困難という「ラストワンマイル問題」を解決するサプリ。Boncha Bioコリナ・ファンさん
ビジネスを通して社会や環境に良いインパクトを与えたい。そんな女性起業家の支援を目的に、ラグジュアリーメゾンのカルティエが2006年に創設した「カルティエ ウーマンズ イニシアチブ(CWI)」は、世界中から応募者を集めるアワードや教育プログラム、コミュニティの運営などを行う。
アワード受賞者のプロフィールや事業を紹介する本連載。今回は、2021年度の東アジア地域の受賞者であるコリナ・ファンさんに話を聞いた。彼女は、台湾の栄養補助食品企業Boncha Bio(ボンチャ バイオ)の共同創業者だ。
錠剤やカプセルを飲むのが苦手な人でも飲みやすいサプリ
Boncha Bioはお年寄りや子供など「錠剤やカプセルが飲み込みにくい」と感じる人のために、味がよくて摂取しやすいキャンディ状のサプリを作っている。EPAやDHAが豊富な魚オイル、目に良いルテイン、腸内環境を整える乳酸菌などの成分が入ったジェルをソフトキャンディで包むBoncha Bioのサプリは独自開発した製法で作られており、既存製品と比べ高い吸収率を実現している。左からアイケア、睡眠補助剤、喉ケア。カラフルな色合いで年齢も対象も幅広く、サプリメントの種類は様々。
嚥下困難で、錠剤やカプセルを飲み込むのに苦労している人は多い。ファンさんを育ててくれた祖母も、そのひとりだ。脳卒中で倒れ、回復期に薬や栄養補助サプリを飲む必要があったが、すぐにのどを詰らせてしまいそれができない。介護をしていたファンさんは、その辛さを目の当たりにしていた。カプセルを割いたり、錠剤を割ったりと工夫をしたが、飲みやすくはなるものの、サプリメントの有効性が落ちてしまう。
祖母と同じような問題を抱えている人が世界にもっといるのではないかと考えたところ、驚いたことに2人に1人は錠剤やカプセルを飲むのが難しいと感じた経験があった。
「誰かが解決策を見つけるまで待つべきか、それとも自分で見つけるか?」
ごく身近な問題が、画期的な製品の開発に踏み出すきっかけのひとつとなった。Boncha Bioを立ち上げる前、ファンさんはフードイノベーティブなキャンディ会社を経営しており、当時からサプリを作る企業から「おいしくて有効性のあるキャンディ状のものをつくれないか」との問い合わせをよく受けていたそうだ。
「調剤を飲み込みやすくする」のがハードルになるという、いわばラストマイルの問題の解決は、栄養補助食品、バイオテクノロジー、製薬業など各分野の専門家にとっても大きな関心ごとだ。ファンさんは新しい事業を2015年に共同創業することになるが、まさに共同創業者の家族は製薬会社を経営していたことがあり、現在薬局を営んでいる。そのため製薬にかかわる各分野の専門家を集めることができたという。
3年をかけて独自製法を開発
これまでもキャンディやグミタイプのサプリはあったが、それらの有効性は非常に低かった。製造過程で多くの成分が失われてしまうからだ。例えば、胃腸を整え免疫力を高める乳酸菌などの微生物の場合。サプリの製造過程、そして保存期間も死なないようにし、また、摂取してからも胃酸から守り生きたまま腸に届くようにしなければならないが、従来の製法では高温や高圧のため、微生物は死んでしまう。
Boncha Bioは、低温かつ低圧でサプリを作る独自の製法を開発。微生物はフィリングに凝縮され体内に入るまでは眠った状態にいる。また外側のソフトキャンディに含まれている成分やプレバイオティクスが微生物を胃酸から守って腸まで届くようにしている。
飲み込みやすさから、腸内での栄養吸収まで。一粒一粒にこだわりが詰まっている。
独自の製法や成分の開発に成功し、味が良くて効果のあるサプリキャンディを世に出せるようになるまでには3年かかった。キャンディの調合が決まるまでは、400回以上のパラメーターを試したという。いつ成功するか分からない中で、チームを励ましながらトライを繰り返す。失敗から多くのことを学んだとファンさん。
「失敗が続くとチームのモチベーションも下がってきます。リーダーとして皆を元気づけ、引っ張っていかなければならないし、各部門で新しいアイディアや問題点が上がってくると、別の部門の担当者の意見を聞いて調整する必要もあります。簡単ではないですが、そこは『業界で最も優れた会社になるためのプロセス』なんだとマインドセットを変えて、前に進みました」
Boncha Bioは自社製品を直接顧客に販売しておらず、他社ブランドの製品を設計・製造するODMサービスを提供している。B2Bのビジネスモデルを取るのは、製品を必要としている人により広く届けられるからだ。現在は台湾国内や中国語圏の外にも進出し始めている。数週間前にはコロナ下にも関わらず初めてヨーロッパの展示会でも製品を発表。すでに5000以上のサンプルを見込み顧客に届けており、問い合わせも多く、反応は上々だという。
「こうした新しいタイプのサプリは肉体的な健康だけでなく、精神的な健康を保つのに役立っています。嚥下困難が原因で飲む回数が減ってしまうのを防ぐだけでなく、飲み込むときの辛さも解消するからです」
より多くの人にサプリを届けたいとODMサービスを選んだ。
自らの苦しい体験が健康問題を考えるきっかけに
ファンさんは大学では外国語を専攻し、ヘルスケア分野とは全く縁がなかったそうだ。ただ、アイディアをビジネスとして具現化することには当時から関心があった。在学中に英語教育関連の事業を立ち上げたのが初めての起業で、Boncha Bioは3つめの会社だという。
また、これまでの人生のなかで健康の大切さを思い知らされる出来事を何度かくぐり抜けており、その体験が今のビジネスに繋がっている。ひとつが流産の危機に直面したことだ。
「娘がお腹にいたとき、17周目で子宮収縮が起こって緊急治療室に運び込まれました。それまで仕事が忙しくて身体を大事にしてこなかった自分を責めましたね。幸い流産は免れましたが、それから5か月間はベッドに寝たきりの状態で、上体を起こすこともできませんでした。ベッドからリモートワークをしていましたが、経営者としてフラストレーションがものすごかったです」
動けないため食欲もなく、どんどん痩せていき、筋肉も減ってしまった。どうやって乗り切ったのか、今でも不思議だという。
「その時の経験があるから、健康を崩して寝込む辛さがわかります。誰もが健康で長生きし、愛する人の側に少しでも長くいられるようにしたいと思っています」
10年前に初めて聞いた、バックミンスター・フラー(アメリカの思想家・発明家・建築家)の豊かさの定義を指針にしているというファンさん。それは「豊かさとはお金の額ではなく、どれだけ多くの人をどれだけ長く支えていけるかだ」というもの。
「できるだけ多くの人を、できるだけ長く助けていきたいというのが、私の人生の目標です」
「普通のリーダー像」と違っていてもいいと実感したCWIのプログラム
ファンさんは現在CWIのフェローシップ・プログラムに参加中だ。実際に事業の成長にどのようにプラスになっているのだろうか。
「INSEADのソーシャル・アントレプレナーシップ・プログラムや、他の起業家と議論を交わすピア・コーチ・セッションなどで、これまで自分になかった新しい視点を得られます。また、日々の業務から一旦離れて、俯瞰してビジネスを見つめ直す機会にもなっていますね。メディアでの露出も増え、新しい市場に入っていくチャンスも広がっています。
また、個人的にはCWIのコミュニティに入れたことで、シスターフッドの一員になったように感じています。多くの女性起業家たちに出会えたことで、はっきりと意見を主張してもいい、普通のリーダー像と違っていてもいい、リーダーであると同時に母であり、妻であり、友人であることができるんだということを実感できました。みんなでジェンダーステレオタイプを壊して、次の世代のためにより良い世界を作っていけると感じます」
起業をしたいという思いはあるが、踏み出せずにいる女性たちに向けてはこうアドバイスする。
「自分の完璧ではないところや弱さを認めてあげてください。それは強みにもなり、成長するための栄養になるからです。また、困難や失敗も受け入れて、負けずに挑戦し続けてください。後からそれらに意味があったんだと、わかる時がきっときますから」